新学期・サプライズ?
 



 今更なお話だが、大学生の長期休暇は長い。夏休みは、後期試験の日程にもよるが普通は七月の初めから始まって、終わりが九月中盤まで食い込むことも珍しくはなく。三学期はどうかすると、年を越して“さあ”と始まったその途端に後期試験に入ったり、はたまた大学への入試や何やらが立て続くため、講義も何も“無い”も同然な期間になりかねずだし。(こらこら、試験は? レポートは?)
「よお。」
「あ、おはよー。」
 いつもの時間にホームへとすべり込んで来た各駅停車の、いつものドアの向こう側。いつものお顔があったので、今朝も寒いな〜とぼんやりしていた瀬那のお顔も自然とほころぶ。自動でドアが開くのももどかしく、早々と笑顔になって待ち受けて。冷たかった頬にむわっと温
ぬくとい暖房や人いきれに気圧されながらも、いよいよと乗り込めば。ドア脇に立っていた上背のあるチームメイトが、エスコートよろしく迎えてくれるのがたいそう嬉しい。同い年だけれど、いまだに20センチ以上は背丈が違い、担当ポジションの差から、腕力だってますますと差がついちゃった、いかにも男臭い風貌をしたお友達。ライン担当の十文字くんが、今年最初の登校日からもやっぱり毎朝一緒の登校を続けてくれており。高校や大学などなど学校が多い路線なせいか、途中でとんでもなく混み合うのだが、その雑踏に揉まれる圧迫からも、いつもいつも庇ってくれてる力持ち。
「あわわ…。////////
 今日も今日とて、ガッコが始まってまだ2週目という頃合いだってのに、朝の電車は結構な混みようであり。自分たちが降りる駅までは開かない側のドアへひっついていると、どんどこ乗り込んでくるお客にぐいぐい押されて、身動きさえ出来なくなるほど追い込まれ、ドアのガラスに張りつかされて押し潰されそうになるのを、あのね? 小さなセナの顔やら肩やらの傍らに大きな手をつき、ぐいっと踏ん張って空間を作って守ってくれる。何もずっとずっと押していずとも、列車が動き出せば人々の居場所も落ち着くから、力を入れて押し返し続けている必要もなくなると、十文字くんは言うのだが。
“それでも、そんな容易いことじゃないのにね。”
 すぐ間近に向かい合うカッコになるセナが心配しないようにって、最初のふんぬらばっていう突っ張りだけをちょこっと踏ん張ったら、後はもう普通のお顔に戻る力持ち。
『こんくらいこなせる馬力がなけりゃ、どっかの悪魔に試合中に蜂の巣にされかねねぇからな。』
 大学に上がっていきなり、毎期毎期、上のリーグへの入れ替え戦に残れるようにという“負けられないアメフト”に挑戦中の彼らだから。それぞれのポジションに責任持って、それぞれへ与えられた使命を果たさねばならず。高校時代とは段違いに腰の強い、百戦錬磨の先輩格の対戦相手たちへと挑む立場になった彼らにしてみれば、泣き言を言う暇があったら5キロでも走り足せ、10キロでも押しのけろと、例の悪魔様に尻を蹴られている日々であることへも、それも道理と納得済みにて頑張っているからこそ、まあま、それぞれに雄々しくなったことったらvv 先のお話でも触れたこと、大学生になってから背丈が伸びちゃったセナだったのが、けどでもセナ自身はなかなか気がつかなかったのも、一緒にいる皆してやっぱり成長していたからに他ならず、
“十文字くんだって…。”
 腕にも肩にも尚の筋骨をまといつけ、それはがっつりと逞しくなった。胸板も背中も広くて頼もしく、小さなセナがちょほんとお隣りに並んだら、そんな精悍さが尚のこと引き立てられること請け合いであり。

  ………とはいえ。

 そんな彼の作ってくれる空間に守られての登校が、もはや当たり前のようになっていたからだろうか。その騒ぎが襲い来た時は、正直言って何が何やら意味が判らず、他人事として目撃しただけの身であったなら、どうかすると笑えただろうほどにも、反応が遅れてしまった彼らだったりしたのである。
「ふあぁ〜あ。」
「うわぁ、大きな欠伸だ。」
 至近距離にて向かい合っていることへも、さすがに照れ合う時期はとうに過ぎ、拳骨が入りそうなほど大きく口を開いての欠伸をして見せたチームメイトへ、セナが感動半分に笑いながらのお声をかければ、
「う〜ん、なんか眠くてな。昨夜、坂崎のレポート書いててよ。」
「坂崎センセイの? 文学史?」
 潤みの強い大きな瞳がきょろんと瞬くのを、しょぼつきかかる目を何とかこじ開け、愛しげに見下ろしつつ、
「ああ。次の授業で提出って言ってたろうがよ。」
 昨夜ぎりぎりに思い出し、大慌てであーでもないこーでもないと頑張ったツケで寝不足なのだと。そう白状したお友達へ、
「でも。今日の講義は自習だよ?」
 セナは事もなげに言い返す。
「はぁ?」
「昨日、掲示板に張ってあったんだって。」
 彼もまた、誰かから訊いたような言いようをし、
「田村センセのフォローで学会に出なきゃならなくなったからって。」
 モン太くんから聞いたのと、付け足した彼であり、
「げぇ〜〜〜、嘘だろ。知ってたんなら電話くれりゃあ良いじゃんかよ。」
「だって、ボクが聞いたの昨夜遅かったし。」
「お前の“遅い”は俺らにゃ宵の口だっての。」
 どんなに夜更かししようとも、12時過ぎたら間違いなく布団に入ってるクチだろが。ちょいとからかい半分に言いながら、わざとらしくも目許を眇めた十文字であり。うう〜〜〜っと唸ったセナにも、実を言うと覚えはあるから困ったもの。遅くになって回って来た連絡メールがあったのを、気づかぬままに寝てしまい、翌日の朝まで止めてたことは数知れずで。しまいにゃ連絡網の最後に回されたほどのお暢気さであり、
「はやや〜。////////
 十文字くんとて、本気で怒っている訳じゃあない。からかい半分の叱咤であり、電車の揺れに合わせて“こつん”とぶつかったおでことおでこ。そのまま軽くグリグリと押されたことへ、うくく…vvと二人して笑い合う。相変わらずに小さな所帯のチームで、負けられないし欠けることも出来ないという苛酷さをあてがわれ、そりゃあ大変だった最初の1年を無難に過ごせた安堵の思いもあってだろうか。少々気持ちが緩んでいたのは確かであったが、だからと言って、

  「痴漢よっ!」

 そんな声が上がったと同時、片方の肩へと提げ手をまとめて引っかけてたデイバッグをぐいぃっと引かれ、それで手繰り寄せるカッコで何かを辿ったらしい誰かの手が、肘あたりを掴んでぐいと引いた。力を込めて突っ張っていればともかくも、丁度その突っ張りの必要がなくなったと気を抜いてた間合いだったので。相手が女の子だったにもかかわらず、難無く引かれてしかも高々と掲げられ、

  「あなた、触ったでしょっ!」
  「………はい?」

 あまりの唐突さに、対応が追いつかず。腕を取られた十文字はもとより、そんな彼と向かい合って屈託のないお喋りを続けてたセナまでもが、何が起こったものやらと、どこか呆然としてしまい。
“えっ? えっ?”
 確か最初に上がったのが“痴漢よっ”という鋭いお声で。そしてそれへと続いたのが、この所業と来たらば………?

  “………ええ〜〜〜〜〜っっ!!?”

 ちょっと待って下さいな、それってそれって、何かの間違いじゃあ。だってそんな。十文字くんは、この自分とお喋りしてましたのに。それはカモフラージュで、実はその影で…自慢の大きなお手々を駆使し、周囲にぎゅうぎゅうと、ともすれば向こうさんからくっつくように立ってた女の子たちを片っ端から触ってたとでも言うのでしょうか? そそそ、そんなそんな、そんな筈はないってばっ。
“だってだって、十文字くんは…。”
 数学が出来て地理も得意で、ずっと前からもう既に、大人みたいにがっしり頼もしい体つきとか、男らしくて頼もしいお顔をしてて。でもねあのね、そんななのに凄っごく不器用さんでもあったから。自分が腐されるのは何ともないけど、大切なお友達を侮辱されるのが一番嫌いで、なのに…言いたいことを言いたいように、語るすべも知らなくて。真っ直ぐだからこそ、全部をまんまに伝えられないのなら、中途半端にしか渡らないのなら、いっそ一片だってやるもんかと拗ねちゃってた、本当はそんなまでピュアな男の子。そんな彼だと知っているから、だから判る。毎朝のラッシュの勢いに、そのまんまじゃ潰されそうな小さなセナの事、何とか守ってくれている。義務なんてないことなのに“トレーニング代わりだ”なんて言いながら、自分へのお仕事みたいに頑張ってくれてる人なのに。そんな影でそんなこと、同時にやっちゃうような人じゃあない。なのに、周囲の人たちの目は、一斉に自分たちへと向かっていたし。よほど不意を突かれて彼も驚いたのか、肘あたりを掴まれたままな腕、被害に遭った女の子のものだろう小さめの手で、頭の傍まで持ち上げられた十文字くんもまた。どこか呆然として固まっていたのが…まるで、逃れようのない現行犯で捕まったことから凍ってしまっているように、見えなくもなかったのだけれど。

  「そんな筈が…っ!」

 列車の送行音と、鉄のレールを叩く車輪の音だけが無機的に響いてた、静まり返ってた車内の中。何とか我に返ったと同時に、あわわと慌てて声を放ったセナだったのを…差し置いて、

  「そんな筈はないわよっ。」
  「…っ!!」

 もっとずっと自信にあふれた声音が立ち上がったから…それへもセナくん、ドびっくり☆
「その人はそんなことしやしない。」
「そうよ、違うわっ。」
 がたたんがたたんと一番大きく響くは、鋼鉄の轍の音。それへと負けじという勢いにて、否定の声は増え続け、
「その子にはそんなこと出来やしないわ。」
「ずっと両手が塞がっているのよ? どうやって触れるの。」
「それに、注意だって他には逸れてやいないのよ?」
 まだ座席だって空いてる駅からいつも同じ場所に乗り込んで来て、そのまま戸口に立ってるノッポの彼は。そこから2つ先の駅から乗ってくる、そりゃあ小さなお友達と毎朝待ち合わせているらしく。昨夜観たテレビのこと、ガッコの講義のこと、部活のこと。試合が近けりゃ対戦相手のことなどなど、他愛ないことを持ち出しちゃあ、いつもいつも楽しそうにお喋りをしてる。それからそれから、次の駅が別の路線との連絡駅になっていて、その次の駅は快速の乗り継ぎになっているもんだから、一気に車内が混み合って。小さなお友達が潰されそうになっちゃうの、見てらんないからって庇うよに、腕を窓へと突っ張って、何とか守ってあげている。雨の日なんかは傘やコートが触れるのが、濡れてて気持ちが悪かろに、冬になれば着膨れる分、受ける重圧も重かろうに、
「それでも文句言わないのよねぇ。」
「それどころか、顔色ひとつ変えないで、心配させまいって頑張ってて。」
 まるで騎士様みたいに頑張ってて、そんな彼の勇姿を見つめ続けて、もう ンか月にもなるあたしたちが言うんだから間違いはないと。ねぇと顔を見合わせた女性陣たちが、少なく見積もっても10人近く。彼らのすぐ傍らに ばばばっと現れて口々に弁護
(?)して下さったので、濡れ衣だって事はあっさりと明らかになったものの、
「だって、確かに…。」
 勢いよく腕を捕まえた方の女性だって、悪ふざけでこんなことを言い出した訳ではないらしく。だとすればどれほどに勇気を奮っての発言だったかは想像に爾
(し)くはなく。
「ええ。あなたが嘘をついてるなんて言ってない。」
「確かに触った奴もいた。」
 何とも頼もしいお姉様たち。自分たちの周囲をまじまじと見回し始め、この騒ぎの最初の雄叫びに慄(おのの)くように、周囲の皆様がこちらから一歩引いたことで空いた空隙を隈無く見やってた、お揃いの紺色コートを着た女子高生たちの内の一人が、

  「あ。あなた、その鞄、なに?」

 鋭い声を上げたもんだから。車内の注意は一斉にそちらへと向かい、
「あ〜っ、ホントだ。怪しいっ!」
「なんで底の方に穴が空いてんの? しかも、そんな風に抱え込んで持ってた? さっきまで。」
「違うよ、多分。だってあたし、踵ぶつけて見下ろしたもん。何か堅いものが入っててさ、ごつんって当たって痛かったったら。」
 言われて見やれば…セナらとさして年の頃は変わらなさそうな青年が、小ぶりのスポーツバッグを懐ろに抱え込むようにしており、しかもしかも、
「なに、脂汗かいてるかなぁ。」
 OL風のお姉様がふふんと勝ち誇ったように笑って見せて、

  「気がついてた? この周辺、この二人以外は滅多に男は立ってないって。」

   ……………はい?

 言われて…セナと十文字くんまでもが、辺りを視線だけ巡らせて見回せば、あああ、ホンマに、こことお向かいのドアとで挟まれた空間には、見事なくらいに女性ばかりが集まっており、さながら女性専用車両の如し。
「去年の秋辺りから、痴漢が出るってのが話題になってもいたのよねぇ。」
「それと、混んでる中で鞄をごそごそ弄ってる奴がいるってのもね。」
 静まり返ってた車内の空気が、徐々に徐々にその矛先を向け変えつつあり、十文字の腕を取ってた女の子も、その手をいつの間にやら離していて…他のお姉様たちに肩を腕を撫でられて励まされているご様子であり、

  【次は○○○〜、○○○でございます。】

 妙に間の抜けたトーンでの車内案内が響いたところで、これはもう…この後どう運ぶのかという方向性も定まった観があり。ブレーキがかかって駅へと到着し、向こう側のドアがなめらかに開いたその途端、観念したらしい男を取り囲んだ女性たちの塊が、いちどきにどよどよと降り立ってしまったため、車内は一気にがらがらとなった。

  「………えっとぉ。//////////
  「うん。」

 こんな状況下で、相変わらずに窓際へくっついてるのも妙なもの。降りてった方々を声もなく見送ってから、やがて発車してしまうまで。どこかもじもじ、落ち着けずにいたものの。車内の皆様からの、見て見ぬ振りを装いつつもの注視の気配が気にはなったが、それよりも、

  “あれってつまり…。”

 ああまで雄々しき女性たちが、いつからかは定かじゃないながら自分たちを観察していたということか? 年齢層に幅があったので、示し合わせてということでは無さそうながら、
“うわ〜〜〜。/////////
 俺ら、こっ恥ずかしい話とかしてなかったよな。うんうん、こいつ相手に猥談なんか出来よう筈もないんだし、しょむない話題ばっかだったはずだよなと、微妙に的を外した心配にパニクっている十文字くんの。今は並んで立ってるその二の腕を、こっそりと後ろ側から上げた手で、ちょこりと摘まんで引いたセナくんで。
「なっ。〜〜〜〜〜〜。なん、だ。」
 大声上げて跳ね上がってる場合じゃあない。混乱しているのは彼の方かもだと、ぐっと感情を押し殺し、一応の平静を保った様子で声を潜めて応じれば、

  「あの人たち、痴漢退治にスクラム組んでいたのかなぁ?」

   ――――― はい?

 ふかふかな頬が真っ赤なのは、畳み掛けるように威勢のいいまま犯人を捜し出し、この期に及んでジタバタするねぇと凛々しくも啖呵を切って見せた、女性版“遠山金四郎景元”ばりの捕り物を目の当たりにしたからであるらしく、
「凄いよねぇ〜。男のボクだって、見ず知らずの人へ、この人が犯人ですって言うのってきっと怖いと思うのに。あんなきびきびと逮捕しちゃって。」
「…そっかな。」
 最初にその“犯人”にされたのは俺なんだぞというところまで思い出したか、一気に気が抜けたような口調で言い返した十文字であり。本当に凄いようと重ねて言いつのれば、

  ――― それを言うなら姉崎はどうだったよ。
       まもり姉ちゃん?
       あの蛭魔に、事ある毎に咬みついてたじゃねぇかよ。

 あれを見慣れてっとな、気が強いってのには男女の差はないんだってこと、よっく判ったもんだったぜ? そんな風に言い返されて、そんな言い方はないでしょうと怒るかと思えば、

  「…そっか、それはそうかもだねぇ。」

 手袋の先っぽで口許を押さえつつの遠慮気味に…とはいえ、こらこら、何てことを天然のノリにて言い切りますかい、セナくんよ。
(苦笑) ひょこりと小首をかしげた小さな彼の小さな影が、車窓から床へと降りそそぐ陽だまりに落ちていて。それがカーブに併せてぐんぐんと、斜めに斜めに背を伸ばす。次の次が彼らの降り立つ駅だけど、はてさて明日もまた、同んなじような車内になるのかな。女性たちの側は平気だろうが、問題なのは彼女らに観察されていたらしいことが判明した自分たちの取る態度の方で、

  “…ま、この様子じゃあ、こいつもよくよくは判ってないようだしな。”

 だったら、まあ・いっかと、そういう順番で物事を解釈する辺り。男臭くもいかつい外見を大きく裏切って、十文字くんの中でもまた、相変わらずに純情路線は健在な模様でございましてvv

  “だ、誰の何が純情路線だってっっ!//////////

 皆まで言うてほしいのかい? 心配せずとも、あの悪魔様には通じているのだろうからさ、どうしようもない事態になったらば、彼へと助けを求めりゃいいじゃないのと、なかなか無責任な言いようを返した筆者へと、恨めしげなお顔をしていたラインマンくん。
「十文字くん?」
 もう降りる駅だよと、すぐ真横からセナに覗き込まれて…たちまち“うわわ”と慌てた辺りは、やっぱり可愛らしい彼であるようでvv こちらさんも今年は楽しみなような…そこまで筆者の筆が伸びればいいんですが。

  “伸びんでいいわいっっ!”

 あっはっはっはっvv どうやら、お後がよろしいようでvv




  〜Fine〜  06.1.11.〜1.18.


  *ウチの“十セナ”は、忘れた頃にやって来る。(こらこら・笑)

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